"夜の全裸(Du nu nuit)"@有楽町朝日ホール

 実に半年ぶりに菊地さんのライヴに行って来ました。菊地成孔とpepe tormento azucarar@有楽町朝日ホール、タイトルは“夜の全裸(De nu nuit)”。また“いい加減”なフランス語(と日本語)。「デュ・ヌ・ニュイ」って口触りが好きで付けたんじゃないんでしょうか。まぁ、それが菊地さんの世界って事なんでしょうけど。

 今回のこのライヴ、仕事がどうなるか分からなかったので、私はチケットを買っていなかったのだけど、前々日に松村君から「チケット買ってある」ってメールが来たので一緒に行く事にしたんですが、前日になって松村君の方に仕事が入ってしまい、慌てて一緒に行く人を探す事になったのです。運良く、もとまりさんのスケジュールが空いていたので、一緒に行く事にしました。

 仕事の帰りだったし、ちょっと寒かったので、かなりカジュアルな服で行ったのですが、半年前のSTBに比べると、他のお客さんも全体的にぐっとカジュアルな雰囲気でしたね。やっぱり小さなホールだからなのかな。

 私は、もとまりさんとの初めての待ち合わせに、「きっと遅れてきて欲しいと思っているんじゃないかな」と思ったので、わざとちょっと遅れて行ったんですが、実際にちょっと待ったのは私の方でした。

 初めて入る有楽町朝日ホールは、昔の映画館の様な親しみのある色合いで、モスグリーン系で細かいチェックの三つ揃いを着たもとまりさんとも良く合っていました。そして、人の流れによって運ばれてくる雨の匂いは私を落ち着かせました。松村君の取ってくれた前から8列目の席は、久し振りに来る私にとって程良い距離で、「流石だな」と思いました。



01.Intro〜京マチ子の夜
 即興から南米のエリザベステーラー
02.仮題中島バルトーク中島ノブユキ
03.仮題中島バルトーク2(中島ノブユキ
04.Plaza Real(Wayne Shorter
05.はなればなれに(Michel Legrand:ゴダールの映画『はなればなれに(64年)』より)
06.The Look of Love(with カヒミカリィ
07.パリのエリザベス・テーラー(存在しない)
08.You don't know what love is
09.Chelsea Bridge(Billy Strayhorn/Duke Ellington
10.ホルヘ・ルイス・ボルヘス
11.ルペ・ベレスの葬儀
ENCORE
12.Crazy He Calls Me
13.ファムファタル細野晴臣

 演奏が始まり、音が生まれて来る姿、そしてそれが広がって空間に満ちていく様子、エフェクターをスピーカーを通して、変化に富んだ波を作っている状態の中に浸りながら、「あぁ、やっぱり、ここに来られて良かった」と心の底から思いました。

 2〜3曲目の中島さんの曲は、音だけで表現されたドラマの様で……、そう、交響曲の4楽章の様な印象がしました。“ミッシェル・ルグランの夢遊病的なワルツ”と紹介されて始まった5曲中目の「はなればなれに」は、本当に夢の中を歩いているような、ふわふわとした美しい旋律の中に、やはり毒が込められているような感じで、うっとりした中毒感がありました。『はなればなれに』の音が消える前に、菊地さんがカヒミさんを呼び、『The Look of Love』『パリのエリザベス・テーラー』を。カヒミさんは、いつも彼女のの世界の中に立っていて、他の誰の世界とも接地していない様な独特の雰囲気を醸し出していました。その歌声の様にふわふわと宙を浮いている感じで。昔読んだ童話に、言葉が花になる女の人が出てきたけど、きっとその女性はカヒミさんの様な人だったんじゃないかしらと、ぼんやり思っていました。

 今(細切れに書いているので5月7日)ふと思ったんですが、いつかpepeの演奏をボールルームみたいな所で聴けたら面白そうですね。音が良いのか分かりませんが。

 アンコールの時、今日のタキシードはお父様の物であるという話がされました。いつも子供みたいな菊地さんですけど、中で身体が泳ぐ程、ブカブカの服をどうして着ているのか、不思議に思っていたのですが、それを聞いて納得しました。

 私が高校生の頃、持っている服の1/3は姉貴のお下がりだったのに、今残っている彼女に貰った服は、水色のフェイクファーのコートだけ。それも暑すぎて東京では滅多に着られないと言う物。あんなに沢山あったのに、みんな何処かへ行ってしまった。彼女の服が欲しいと思うけど、私にはどうしようもない。もう手の届かない所にあるから。

 色々な事を思い出したり、音楽に感動したりして、涙を我慢する事が出来ないで居たのですけど、『ファムファタル』を聴きながら、ちょっと笑ってしまいました。1年位前、もとまりさんは、「永遠に手の届かないファムファタルのような人です」と言って私をKonさんに紹介し、その場を凍り付かせた事があったのです。そんなもとまりさんと、ふたりでこの曲を聴く日が来るなんて、生きていると面白い事にも出会うものだなぁと思いました。


 ライヴが終わってから、もとまりさんが予約してくれた銀座3丁目にあるビストロへ行きました。モロッコ産の赤ワインを飲みながら、ホワイトアスパラガスと仔羊のロースト、キャベツのスパゲッティを食べました。店員に、「春と言えばホワイトアスパラって言いますけど、どうしてなんでしょう?」と聞くと、もの凄く困った顔をしながら、「どうしてでしょうね。やっぱ、季節だからじゃないですか? うちのはただ茹でただけですけどいいですか?」と言われてしまいました。もとまりさんの、「フランス人にとって、筍みたいな野菜なんじゃないですかね」と言う説明に私は凄く納得しました。確かに春の筍は本当に楽しみですから。いつか竹林の中で、とれたての筍の刺身や皮ごと炭火焼きした物を食べてみたいです。

 小さなビストロの中は、お喋りな常連達でいっぱいでした。元々声の小さなもとまりさんと、飲むと眠たくなってしまう私は、饒舌に語り合う事も無く、かといって話が盛り上がらなかったという訳でもなく、しみじみと今夜の演奏の余韻を共有し合っていました。良い夜でした。