タイガー&ドラゴン

 今日の魔女H周辺は激動に次ぐ激動で、少し離れた席になった私は、観客の一人として楽しんでしまったよ。文字だけで表現出来るのか、ちょっと不安だけど、頑張ってみるっす。うっす!

 戦陣の火蓋が切られたのは、私がまだ出社する前。複数の目撃者の情報を合わせると、極太の眉を吊上げた魔女Hが、隣の席のサブリーダーS♂氏の名前を呼び、こう言ったそうだ。

「あなたの体臭には、これ以上耐えられません。別の席に移動してください!」

 「はァ?」。S♂さんも、私が以前彼女に答えたように、そう言って一瞬呆気にとられたそうだが、謂れのない話に異議を唱え、「そういうHさんの方に多くの問題があるんじゃないですか?」と反論した。一歩も譲らない二人。話は平行線のまま、朝礼当番の挨拶でひとまずはお開きとなった。

 興奮冷めやらぬ魔女Hは、その後、チームリーダーOさんを席に呼びつけ、戦火を広げようと続きの攻撃を始めた。

「一生懸命頑張っていましたけど、もう耐えられません」
「そんな事言っても、私には臭わないから、全然理解出来ないんだけど」
「私は繊細なんです。Oさんにはあの臭いが分からないんですか? どうにかしてください。これは、もう明日から来るなって意味ですか?」
「……まぁ、そう言う話は、派遣会社としてもらえませんかね(苦笑)」

 今回も「意見が通らないなら辞める、と口先だけで言う作戦」を発動した。しかも、あんな理由で!

 しかし、結論から言うと、席替えは行われる事になった。第一の理由は、S♂さんは、予てよりトラブルメーカーと呼ばれていて、これまでに、その『ねちっこい』小姑気質で何人もの人を追い込み、辞めさせて来たと言う経歴がある為だった。数日前だが、S♂さんは、魔女Hのトイレ休憩回数と所要時間を記録し、その多さと長さを本人に注意したらしい。成る程、最近、以前より働くようになったのはその為か……、と思ったが、もしそれを自分にやられたらたまったもんじゃない。そんな感じで、誰もが二人の隣の席を嫌がり、結局、今日いない人まで巻き込み、半日以上を掛けて席替えプランが練られた。

 今日も残業だった。終業時間を1時間程回り、殆どの社員が帰宅した後、リーダーOさんが、ぽつりとこう言った。

「問題のある者同士だから、上手く行くかな、と思ったけど駄目だったね。毒を以て毒を制すみたいな」
「そうですねぇ。でも、今回は、お互いが同じく傷を負ったから、良いんじゃないですか?」
「ま〜ったく、ありゃぁ『タイガー&ドラゴン』だよ。タイガーがS♂さんで、Hさんがドラゴン」
「ハハハハ! ピッタリ。お互い、“俺の話を聞けェ〜♪”って!」
「はははははは! ホント。あの二人は自分の意見ばっかりだよ!」

 席替えは、明日の朝に行われる模様。