美容院難民、ナンパされる

 もう美容院に行かなくてはいけない時期なのだけど、私は今の部屋に引越してからの一年半、またもや美容院難民になっていた。お気に入りの美容師のいる、吉祥寺の美容院へは二度行ったが、もう遠い。纏まらなくなった髪を持て余して、前回行った、珍しく火曜日にオープンしている美容院へ、先火曜にも予約の電話を掛けようとしたが、水曜の予算オーバーフレンチフルコース後の財布の事を思って止めた。


 地下鉄六本木駅へ向かう地下道を、足早に歩いていた私に、髪の長い男が声を掛けてきた。

「すみません。美容師なんですけど、近いうちに美容院に行こうかなーなんて思ってませんか?」

 思ってます。否、思ってました。そう言いそうになる自分に、私は少し笑い出しそうになりながら、歩く速度をゆるめた。たった今、私はTOHOシネマズで「Earth」を観て来た所だった。今回も、チケットカウンターの青年は、「え、一人ですか?」と、二度聞きする事を忘れなかった。終業時間間際、立て続けに入った業務を猛烈に捌いて、コンビニで肉まんと烏龍茶を買い、映画館の指定席に座った。呼吸を落ち着かせてから、烏龍茶をゆっくり飲み、両脇に座るカップルの膝の上から、むせ返る程に自己主張しているキャラメルポップコーン臭に包まれながら、そっと肉まんを頬張った。あまり美味しくなかった。映画は、想像通り過ぎるくらい想像通りだった。私は想像通りであるのを、大画面で確かめたいが為に行ったのだ。

 映画の後だからか、私はただ漠然と、誰かと話がしたかった。

「いくらですか?」
「半額にします! とにかく、お店に来て、知って貰いたいんですよ。手は抜きませんから! いつも、どんなメニューですか?」
「カット、カラー、トリートメント、ですかね」
「付けます! あ、いや、トリートメントの事です。トリートメント、初回サービスにします」
「あははは。いいですよ。いつ行きましょうか」

 私は足を止め、美容師から名刺と、手書きで「50%引き」と書き足された店のフライヤーを受け取った。


 前から、美容師にも(後、手相の人とかね)よく声を掛けられるが、承諾したのは初めてだ。50%引き&トリートメントかー。お得だなー(笑)。いい人だと更にいいけど。