ヴェジタリアン・フレンチ・フルコース (3)

 8/4『La Fee Claire(ラフェクレール)』に伺った話の続きです。


 雑談タイム。香取さんが、「前々から不思議に思ってる事があるんです。テフロンのフライパンでスパイスを煎るとどうして香りが出ないのかしら? 他の素材ならどれでも、ホーローでもちゃんと香りが立つのに……」と仰った言葉に、確かめしあさん(大さんだったかも)が答えました。「テフロンは、素材が常に鍋肌から浮いてる状態になって居るんです。だから、素材が焦げない」、「なるほど! フライパンの温度をいくら上げても、素材に伝わる温度が厳密には上がりきっていないんですね。スパイスなどの高温が必要な素材の調理はテフロンに向かないってことなんだ……」、「そうなんでしょうね」。家でスパイスを煎るなんて事は滅多にしませんし、してもテフロンのフライパンでしかした事がないので、今まで「煎っている間は薫っているのに、食べる時は殆ど薫らない。どうして直ぐに香りが無くなってしまうんだろう」と思っていました。熱の問題だったんですね。

 スパイスの話でもう一つ面白いな、と思ったのは、野菜のヴァプールの時に香取さんから伺った、「フランス料理では常にコリアンダーはホールで使う」と言う話。「せめて半分にでも割ったら良いのに、っていつも思うんです(笑)」と言うのは、やはり文化の違いなんでしょう。こんなに手間を掛けているのですから、コリアンダーを割らないのはやはり意図でしかない訳です。でも、半分に割る事によってどんな効果が出るのかは、分かってはないんですが。


 そして、出席者全員が一番の注目としていたメインがテーブルに並べられました。レモンのコンフィとお米のガレット、根野菜のラグー添えです(写真)。塩漬けしたレモンと一緒に炊いたお米を成型してオーブンで焼いた物の上に、煮た人参と牛蒡、蕪が乗っています。「ヨーロッパでは米は野菜として扱われていますからメインにしてみました」との事。

 自分がトマト好きだからか、ソースから上り立つフレッシュトマトの香りが、始めワーッと来ましたが、お米を噛みしめるとふわりと口の中にレモンの香りがしました。ラグーした根野菜達も素朴で暖かみのある味わいと、お米と同じく歯ごたえのある「食べてる!」と言う実感のある程良い固さです。

 サトウさん他、多くの方が口々に仰っていましたが、この料理は皆さん初めて食べたのに、妙に懐かしい味わいだったのです。焼き飯から来てるのか、チキンライスから来ているのか、昔は濃く感じられていた野菜の味から来ているのか、本当の所はよく分からなかったのですが、誰もが暖かく懐かしい、幸せな情景を口の中から感じていた様でした。


 ソムリエの福永さんがやってきて、食後の飲み物を訪ねられました。ゆうさんが微笑みながら、「おすすめは何ですか?」と訊いたので、私は少し驚きました。この言葉は、ソムリエを信頼しきっていると言う意味の言葉以外のものではないと言うのは分かり切ってるのですが、食後の飲み物まで訪ねるとは! 確かに、この後出てくるデセールを我々は知らない訳ですから。福永さんも一瞬だけ少し驚いた表情をしましたが、しかし、用意されている食後の飲み物について説明を下さり、「本日は、紅茶をお勧めします」と仰いました。


 そしてデセールに入る前のわずかな間、今日のこれまでの料理を振り返っていました。今日、私達が食べた料理は、どれもこれも今生まれた、正に“Nouvelle”な料理でした。食事会の冒頭で小川シェフが仰っていた、「この(挑戦の)為に、僕は色々な事を調べたり考えたりしましたが、結局はフランス料理、つまり僕が身に着けてきた世界の中で勝負する事にしました」と言う言葉を思い出していました。サトウさんや大さんが「全てが正真正銘のフランス料理だった。小川シェフは努力はしてらしたけど、無理は全くされていなかった。出てきた料理は、気持ち良いくらい予想裏切ってくれていたけど、全てが小川シェフの料理だと納得させられた。美味しかった」と言うような事を仰っていました。私は、「美味しい会話と言うのは、こういうのなんだろうな」と思っていました。


 お喋りが最高潮に盛り上がっている時に、一皿目のデセールがテーブルに並びました。艶やかにサイの目切りされた完熟マンゴーです(写真)。喋りながら、あっという間に食べてしまった朱雀さんは、「あれっ? 今出てきたのはマンゴーの……、何だったかな? 美味しいなぁって思いながらうっかり全部食べてしまった」と照れ笑いしていました。本当に、この季節のマンゴーは美味しいですね。


 パティシエの山形さんが出ていらして、次の皿を説明して下さいました。暖かい無花果無花果のソルベが乗った冷たい無花果です(写真)。左側の無花果にナイフを入れた写真も撮れば良かった。グラデーションが本当に美しかったのです。KUKOさんが撮られています(こちら)。二つの変わり無花果に橋を架ける様に暖かくスパイシーなソースが掛かっていました(黒胡椒だったかなぁ。うろ覚えです)。

 「無花果って、今季節ですか?」と私が訊くと、皆さん「そうです。丁度季節ですよ」と口々に仰いました。私は勝手に無花果って、秋の果物だと思っていました。祖父の家の庭に何本も無花果の木が植わっていて大量の実を付けるのですが、いつも秋なってから半ば仕方ないと言った調子で、完熟を越えた様な甘い甘い無花果を食後に無理矢理食べさせられました(子供の頃は甘い物が全般的に食べられませんでした)。だからか、無花果は買う果物の中にインプットされていなかった為、目に入って居なかったようです。帰ってきてスーパーに出掛けたら、沢山並んでいました。

 そんな過去もあり、「無花果かぁ……」と思って食べたのですが、これがサッパリした甘さで美味しかったのです。冷たい方(右)の上に乗ったソルベは、アルコールは多分入っていなかったと思うんですが、大人の上品な味わいがしてうっとりしたし、暖かい方の無花果(左)は、焼き林檎の様な雰囲気。オーブンで焼かれた皮の表面の舌触りが凄く好きでした。私の中のそれとは見違えるほど美しく変わったしまった無花果のデセールでした。


 全ての皿が出終わり、小川シェフ、パティシエの山形さん、ソムリエの福永さんが交互にテーブルにいらっしゃって、カーテンコールタイムになりました。料理やデセールの感想を伝える出席者のコメントを聞きながら、私は再び、素晴らしい食事会に参加してるんだなぁと思っていました。美味しかったし本当に楽しませて貰いました。

 朱雀さんが、ちょっといたずらっ子の様な表情で、「ねぇねぇ、どの皿が一番美味しかった?」と訊いてきました。難問過ぎます(苦笑)。確か苦しみながら、「野菜のヴァプールと南瓜とオレンジ」と答えた様な気がします(2皿じゃないか)。今振り返ってみても、どれが一番好きかなんて答えられませんよ。


 「皆さんにお土産があるんですよ」と言って、大さんが裏の方から、様々な豆や穀類、香菜、ハラペーニョをテーブルに並べ、分けて下さいました。誰かのお宅にお邪魔して居るみたいでした。それから「手を出して」と言われたので、差し出すと、完熟した生の胡椒の実(写真)をくれました。「生の胡椒の実は、滅多にお目にかかれないんだよね。そのまま食べられるよ」との事。始めて見ましたし、食べました。完熟したソメイヨシノ(桜)の実からえぐみを少し引いて、オレンジの皮の風味を足した様な味でした。


 ほろ酔いと楽しいおしゃべりで、すっかりゆっくりしてしまい、ラフェクレールの休み時間に入ってから私達は店を出ました。朱雀さんが「中庭を通ろう! この雰囲気がまた良いんだよ!」と言うので、みんなで中庭に出ました。サトウさんが、「キンカンの樹がある。実もなってるね」と仰って、まだ青い小さな味をひとつ取って嗅ぎ、「いい匂いだよ」と言って、みんなに回して下さいました。

 中庭の噴水を見下ろしながら階段を上ると、ゲートシティ大崎の看板の周りに大量に生えているローズマリーに足を止められました。「これは、料理に使う為にここに植えてるのだろうか……」、「否、ローズマリーは虫除けの効果があるからその為じゃないかなぁ」、「これ、切って持って帰ったら、根が付くかしら」等々。駅までの道のりも、何だかちょっとした探検家気分で楽しかったです。最後まで、素敵な食事会でした。


 ダラダラ書いていたので、全部で4日分にも渡ってしまいました。あははは。