With Strings

 当日のお昼ぐらいまで、私はライヴに行く気分に、何故か成りませんでした。何か新しい服を買おうと、仕事の合間に店を覗くんですが、服を買う気分にも成らなくて……。まぁ、自分で選んで服を買うというのが、元々楽しいと思う人でもないんですが。

 松村君と、地下鉄の六本木駅を降りて、六本木独特の中途半端な夜空と、ゴチャゴチャした人混みの中を歩いていると、自分が薄まったからなのか、急に楽しい気分になってきました。

 STB139のエントランスは、如何にも六本木っぽい、書き割りみたいな安心感のある作り。扉の傍を見ると当日券を求める列に、糸且谷さんがいらっしゃいました。軽く挨拶をして中に入ると、噂通りの“アメリカン・レストラン風”である店内に案内されました。

 私達はふたりとも仕事が押した上に、店に来るまでの間に空腹に耐えられなかった私が「軽食を食べたい」と言って寄り道をした為、既に照明は落ちていて、南博さんの優雅かつ軽快なピアノソロが始まっていました。

  ヴィリジアンの柔らかそうなヴェルヴェットのジャケットを着ている南さんは、照明を受けて、より一層素敵に見えました。真っ直ぐここに来れば、もしかしたらステージに上がってくる所から見られたのかも知れないと思うと、自分の食い意地が恥ずかしく思えてきました。

 聴いた事ある曲を何曲も織り交ぜて奏でられた1曲目が終わると、南さんはマイクを取って、Carlos Del Puerto(b)とHoracio ""El Negro"" Hernandez(ds)を呼び入れ、trioでの演奏を2〜3曲程、弦楽四重奏(島田真千子(vln)、花田和加子(vln)、甲斐史子(vla)、植木昭雄(vc))を加えて(途中お休みの曲もありましたけど)4〜5曲演奏しました。

 南博trioの演奏の間、私はステージを見ているよりも、それをうっとりと見ているお客さんの横顔を眺めていました。美しい音楽を聴いて昂揚しているのか、キャンドルの炎の熱を受けて暖まっているのか、独特なコメント付きのスイートベイジル特製のお酒がまわっているからなのか、何か全然他の事が理由なのか、まぁ、何でもいいんですけど……、とにかく素敵でした。

 私は席に座った時から気になっていたんですが、ちょこちょこと走り回るウェイターが、ステージ側から戻ってくる時に、強烈にオリエンタル・アンバーのパフュームが香ってくるのです。最初、POISONかな?と思っていたんですが、途中からANGELに違いない、菊地成孔ファンの女の子が付けてるに違いない!と勝手に思っていました。会場が明るくなって、松村君と、知らない間に隣の席に座っていた糸且谷さんにその事を話すと、「全然香らない」と。私の鼻がおかしかったんでしょうか。

 休憩時間の間に、松村君が「牡蠣のピカタ アメリケーヌソース」と「チーズ盛り合わせ」を頼むと、次の菊地成孔quintet live dubのメンバーが入場してから料理が出てきました。レストランで、松村君は大抵依怙贔屓されるのですけど、今回もそのような現象が起きたらしく、ピカタの松村君側には牡蠣しか入っていなかったようで、私の方は半分くらいイシモチが入っていました。別にイシモチが嫌いだって事はなく、むしろ好きな味の魚ではありますけど、やっぱりちょっと気に入らないです。

 しかも、私は最初のドリンクにCINZANOのソーダ割りを頼んだのですが、ロックで出てきて出し直して貰ったりもしたのです。おまけに、チーズ盛り合わせでは、松村君に一番美味しいチーズを全部食べられた上に、如何に美味しかったかについて語られたりして、踏んだり蹴ったりでした(私が強い語調で松村君を罵って、糸且谷さんを引かせてしまいましたが、いつもあんな感じではないのです。たまたまです)。私はスイートベイジル食事とは相性が悪いのかも知れません。

 菊地成孔quintet live dubの今回のメンバーは、菊地成孔(sax)、坪口昌恭(pf)、菊地雅晃(b)、藤井信雄(ds)、パードン木村(live PA)。菊地さんは、以前アスコットタイ風に衿をして着ていた白いシャツを、膨らましたリボン結びにしていました。

 知らない曲はやらなかったんですけど、メモりませんでした。特筆すべきは、Strings入りのIsfahanが本当に素晴らしかったという事! 感動的に美しかったのです。またいつかやって欲しいです。

 アンコールでは、菊地さんが歌って2曲やりました(「LOOK OF LOVE」と「Listen, Russ Meyer)」。私の向かいの席の列、少し離れた所に座っていた女性が、本当に嫌そうな顔で少しうなだれながら聴いていて、私の目は釘付けになってしまいました。遅れて行った為に離れた席になってしまった事を少し悔やんでいましたが、彼女のつまらなそうな顔が見られて、本当に楽しかったです。

 2曲目の途中、私の前の席に文字通り飛び込んできた女性は、ドレスを着て、髪をアップにして、シプレ系のパフューム(後で伺ったら、DiorのDolce Vitaとのこと)を付けていました。弾む息を殺して、殺して、その所為で40分のステージが終わっても、呼吸は通常に戻っていなくて、遅れても、彼女はドレスアップしてきたかったんだなぁと感じると、ダラダラな自分を振り返って少し恥ずかしい気持ちになりました。

 石井彰さんの演奏が始まる前に、3人とも店を出る事にしました。糸且谷さんは、たぶん南さんの「Touches&Velvets」を購入してました。私も買おうかな、と思ったんですが、amazonで「Terra Brasilis」と一緒に買うCDが欲しかったので、家で注文することにしました。

 いい夜でした。ここまで書いて思い出してみると、牡蠣とイシモチのピカタは、結構美味しかったような気がしています。1,200円でしたけど、1,500円くらいの味だったような気もしてきました。