雨の日の香りは

 その日は朝から、どうしてもパフュームが必要でした。冷たくアスファルトに降る雨から立ち上る香りは、とても静かに私の心をかき乱していました。

 午前中の仕事を気を紛らわせつつこなし、相変わらず自己主張の薄くなった胃袋に物を詰め、昼休みの終わり15分を使って、香水売り場へと足を運びました。

 駅ビルの中にある4坪程の小さな店に、ぎっちりと並ぶ香水瓶。気になる瓶のサンプルを片っ端から手に取って、蓋を裏返して嗅ぎ、ちょっと良ければムエットする、と言うのを忙しなくやっていると、慣れない口調で男の店員が声を掛けてきました。

「なにか、お探しですか?」
「ええ。雨の日に合う香りを(苦笑)」
「お手伝いしますよ」

 時間があれば、「ゆっくりと自分で選びます」と言ったかも知れません。でも、全くありませんでしたし、店員とはいえ、知らない男に香水を選んで貰うのも悪くないなと、ふと思ってお願いする事にしました。

「……あ、えぇっと。昔はね、ダリのラグーナ*1が雨の日の定番だったんだけど(6/11)、なんか、そんな感じの物、あります?」
「そんなに詳しくは無いんです。ダリ……。うーん。今年、生誕100周年の記念の物が出ましたよね(ルビーリップス*2のこと)。ここには無いんですけど……」

 少し考えた後に薦められた物は、メンズ物で……何だったのか忘れてしまいましたが、とにかく、ぴんと来ないのです。ちょっと唸ったまま黙っていると、私の顔色を伺いながら、店員は新しい物を探し出しました。

「もっと、甘い香り方がお好みですか?」
「否……。甘くない方が良いんです。うーん。もっと……、何だろう。個性的な感じっていうか」

 次に提案してきた物が、OMNIA(オムニア)*3でした。トップの中で、私はカルダモンが強く感じられました。そして、すぐにマサラティーが出てきました。

「あはは。確かに、変わってる。あはははは……。(3秒)じゃ、これ下さい」

 お金を支払いながら、心の中でこれを提案される自分というものにウケていました。彼は確かに私の言った事を聴いて、解釈してましたから。ちゃんと。

 肘の内側と首の後ろに付け、店を出ました。街に漂う冷たい雨の香りと混ざると、OMNIAはよりいっそう暖かく香ってきて、私を風景から抜き出すみたい。なんだかとても面白い気分でした。

 軽くしか検索してませんが、ネットでのOMNIAの評判はあまり良くないみたいですね。確かに、万人受けするタイプのパフュームではないと思います。私も薦められなかったら、きっと買わなかったでしょう。

 そういえばだいぶ前、貰ったパフュームの中から、松村君にBVLGARI BLACKをあげたことがありましたっけ。図らずして、ブルガリ繋がりだわ。


*1:TOP:カシス、グレープフルーツ、グリーンノート、レモン、マンダリン、ピーチ HEART:ジャスミン、リリー・オブ・ザ・ヴァレイ、オリス、ローズ、ローズウッド BASE:アンバー、ベンゾイン、シダー、ムスク、パチョリ、トンカビーンズ、バニラ

*2:TOP:ユズ、レッドカラント、シードル HEART:ウォーターリリー、ワイルドオーキッド BASE:パチョリ、サンダルウッド、レモンツリーハニー

*3:香調:コンテンポラリー ライト オリエンタル TOP:サフラン、マンダリン、ジンジャー、カルダモン、ブラックペッパー HEART:マサラティークローブ、シナモン、ナツメグ、インディアンアーモンドエキス、ウォーターリリー BASE:ホワイトチョコレート、インディアンウッド、サンダルウッド