春の午後のお散歩

 日曜日、eriちゃん主催のお花見の会に行こうと、お弁当を作っていた。「間に合わない」と気付いたのは、海苔巻きに入れる椎茸とかんぴょう煮ようとした時。椎茸は思ったよりも時間が掛かるからね。「いっそのこと、海苔巻きを作るのは止めて、買ってしまおうか」とも思ったけど、もう酢飯も出来てしまってたし、諦めて遅れて行く事にした。

 この日の遊びのコースは、浅草に集合して、水上バス浜離宮へ行くという物。私は、水上バスに乗るのを楽しみにしていたので、一人で乗っても楽しいかも、と思いつつ、一応浅草に向かっていた。銀座線に乗り換える神田でeriちゃんに連絡すると、「松村さんは直接来るって言ってましたよ。浜離宮は、汐留、新橋、浜松町の3駅、どれからも1kmちょっとの所にあるみたい。どの駅で降りるか分かりませんが、連絡してみたらどうですか?」と教えてくれた。すぐに松村君に電話すると「今、新橋」と言う。「ちょっと待って、6分で着くから! 浜離宮の行き方が分からないのよ」と言い、京浜東北線に乗って駆けつけると、SL広場の角で松村君は苦笑いしながら、「私も浜離宮への道を知らないんだよ。携帯に連れて行って貰おうと思って」と言った。

 松村君は、右手に私の持って行った重い三段重(1段目:海苔巻き、2段目:煮豚と煮卵とセリのお浸し、3段目:ゴボウハンバーグを巾着煮したものと空豆胡麻和え、どの段もみっちり入っている)を持ってくれて、左手に携帯を持って、画面を見ながら歩き出した。「いい天気だねぇ。花見日和、お散歩日和だねぇ」。やっぱり一人じゃなくて良かった。私も上機嫌で歩いていた。

 第一京浜を少し南下したところで、松村君が右に曲がろうとした。「ちょっと待って。それは絶対違うと思う。だってeriちゃん、『汐留、新橋、浜松町の3駅、どれからも1kmちょっとの所』って言ってたもん。それって、浜離宮は、新橋駅よりも海に近い所にあるって意味だよね」「そっか。あ、(画面を見ながら)北と南、見間違えた」。

 WINS汐留の前は、交通整理の人だらけ。「信号、赤でーす」は、良いとして、「いらっしゃいませ、いらっしゃいませー」とか言う人もいる。交通整理の人は、いらっしゃいませ、なんて言わなくて良いでしょう(苦笑)。過剰だって。「線路を潜りたい」と言ったら、交通整理の人が「迂回しろ」って言う。「戻って、右に曲がって、右に曲がると、京浜東北線ゆりかもめを潜れるよ。そしたら、住友ビルの所に出るからね」と教えてくれた。

 私達は言いなりになって道を戻り、右に曲がって……、右に曲がろうとしたら、松村君が「まっすぐ行こう」と言う。「え? なんで?」「や、ナビにそう出てるから」。まっすぐ……、駅に戻った。

 ゆりかもめ新橋駅に連結しているガードレールを登りながら、「駅に戻っちゃったよ……」と私が小さく言うと、松村君は「ハ!ハ!ハ!ハ!」と大きく笑って、「そうだねー。や〜、康乃さんと散歩したかったからさー」と不自然に元気に言った。

 私達は昭和通りに出た。新橋駅よりも北にある訳がない。松村君の携帯には、どんな指示が出てるんだろう。「ちょっと見せて」と言って見せてもらったけど、人の携帯は全然解らない。……もういい。着いていくって決めたんだから(文句は言ってるけど)。

 「喉、乾いた……」。私は、本当に喉の渇きに弱いのだ。「ね。私が我慢出来るくらい、浜離宮は近付いてるの?」「うーん。まだまだだと思う」。サンクスに寄った。こういう時に買う事にしている、黒酢リンゴドリンクが売っていなかったので、紫の野菜を買った。私が買い物をしている間も、松村君はずっと携帯を見ていた。中央市場通りを歩きながら、「ねぇ〜、なんかこの辺って、みなとみらいっぽくない?」と訊いてみたけど、同意は得られなかった。

 築地市場に突き当たって北へ曲がろうとする松村君に着いていくのは、どうしても納得がいかなかった。私は、新橋よりもずっと北を歩いているような気がしていたから(実際は、そんなに北じゃなかったんだけど)、「わ──! 地図を拡大してっ! 絶対、こっちだと思う。こっちに行きたい!」と叫んでしまった。喉が渇いて……。「あぁ、そっちだ。ナビの目的地を、水上バス乗り場に設定してたから、変な所を指してたみたい」。南側に曲がる事になった。

 じゃぁ、一体、何処を目的地に設定すれば良いんだろう?そう思って、eriちゃんに電話する事にした。

e「あー。康乃さん、今何処に居るんですか?」
康「……うぐっ。えっとぉ、我々の平和の為に、その質問に返事をしないで、会話を進めても良いでしょうか」
e「??? どうぞ」
康「eriちゃん達は今、どの辺にいるの?」
e「新樋の口山とか、樋の口山とか、その辺に居るんです。康乃さん達、公園の中に居るんですか?」
康「……居ない。松村君のモテないナビのお陰で、何処に居るかも分かんないんだよぅ!」
松「ハハハハハハ。……もう帰ります!」
康「ちょ、ちょっと待って! 水上バス乗り場の近く?」
e「近く……と言えば近くです。公園に入ったら、もう一度連絡下さい。他にも迷ってる人が居るんですよ。難しいみたいですね」

 電話を切ってすぐに、『浜離宮こちら』的看板が見えてきた。公園の中に入った時、私は喉がカラカラ、松村君はお腹がペコペコ。私が不条理に怒り出す前に、お花見に参加出来て良かった。eriちゃんが「どういう風に迷ってたんです?」と訊いて来たので、「やー、もう、今、ここに居るって事だけでいいじゃない」と答えた。振り返ってみると、結構、散歩は楽しかった。