ミホミホマコト

 朝、寝ぼけていたら、「今夜空いていたら、ミホミホマコト行かない?」と松村君からメールが来た。喜んで「行く」と返事をした。私は朝日美穂さんの歌が凄く好きだけど、一人で観に行くほどではないので、いつも松村君に誘われないと行けない。行けないのは、実は凄く悲しいんだけど、何故か独りでは出掛けられないのだ。と言う事で、三鷹市民になってから、初めてStar Pine's Cafeへ行った。家から、歩いて20分くらいだった。

 会場に着くと、既に店内は満員御礼でぎゅうぎゅうだった。2階の奥の方にたすく君が居るの見えた。私は、ふざけて「おーい、晴夫ー」と呼んだ。晴夫とは、ある小説の登場人物の名前で、たすく君をモデルにしている。以前たすく君が、「『晴夫』ってさぁ、絶対近田春夫を意識して付けられた名前だと思うんだよ」とちょっと嫌そうに言った。ちょっと程度の嫌がり様なので、私は気に入って時々その名前で呼ぶのだ。でも、今日は人が多すぎて聞こえないみたいだった。松村君は、「友達と居るみたいだし、ここは梁が多くて見づらい。下へ行こう」と既に人酔いした顔で提案されたので、私達は1階に移動した。


 最初は朝日美穂さん。エマーソン北村さんとの鍵盤duo。全体的にポップで元気で可愛らしいアレンジだった。大好きな「唇に」は、3曲目にサラリと演奏された。声が本当に美しくて、身体とは世界に一つしかない楽器なんだな、と思わされてじーんとした。

 「下北沢を救え」とか言う流れの集まりがあって、それに関係する新曲をカラオケで歌った。座って演奏している時は、殆ど朝日さんのお顔が見えず、「あぁ、このまま、声だけを聴いて終わるのかも知れない。でもいいや」と思っていたのだけど、この曲は立って踊りながら歌っていたのでよく見えた。歌い終わったら、息が上がっていたのも微笑ましかった。


 次はhi-posi(Vo. Key:もりばやしみほ、グロッケン. Per:よっしー、Sax.Key:佐藤公彦、G:高橋健太郎)。生で観るのは初めて。前に見たと言うのだって、15〜6年前だったと思う。とことん、アンニュイなウィスパー・ヴォイス。菊地さんも大絶賛している(http://www.jah.ne.jp/enterdir/femaletrouble/act2.html)「身体と歌だけの関係」が凄く良かった。めくるめく感じ。似たようなフレーズの繰り返しなのに、口から出る度に生まれ変わるみたいだった。そして、凄い可愛かった。


 そして、メインアクトのミホミホマコト。朝日さんともりばやしさんに、川本真琴さんが加わった3人のユニット。昔のリズムボックスが流れると、会場から手拍子が! 「なんだコレ、お決まりなのか? 何が始まるんだろう?」と思っていると、バランスボール位どでかいカーリー・ウィッグを付けた3人が、50年代のコーラスグループの様なワンピースで登場。か、か、か、かわゆいー! アクシデントだらけでテンパる3人。素敵! 殺された! うっとり。

 歌った曲の半分が、スクーターズのカヴァーでその辺も私的にぐっときてしまった。特に「東京ディスコナイト」が聴けるなんて嬉しすぎた。私が中学生の頃(1984か5年辺り)、好きだった人によくお願いをしてミックステープを作って貰った。60分テープで7〜8本作って貰ったんだけど、「東京ディスコナイト」が一番好きな歌だった。だいぶ経って、スクーターズのレコードが欲しくて探したんだけど、見つからなかったんだよね。ミックステープは数回の引越でなくしてしまった。また聴きたいなぁ。


 一緒に歌いながら、歌詞を間違えて覚えている事に気付いた。「そうか、こう歌っていたのか」と思ったのだけど、今、正しい歌詞が思い出せない。


  『東京ディスコナイト』(康乃のうろ覚えヴァージョン)

 チークタイムで 流れて揺れて 背中にまわす貴方の指先
 スローテンポでリズム取ってる 輝くフロア ふたり抱き合うの
 
 DEEP LOVE DEEP NIGHT LOVE YOU 東京 夢の世界
 DEEP LOVE DEEP NIGHT LOVE YOU 東京 ディスコナイトね
 
 ミラーボールも踊り疲れた 角のパーラー通り過ぎたら
 ネオンサインも消えてしまった 霧の歩道にふたり抱き合うの
 
 DEEP LOVE DEEP NIGHT LOVE YOU 東京 夢の世界
 DEEP LOVE DEEP NIGHT LOVE YOU 東京 ディスコナイトね
 
 子猫みたいにずっと 甘えたいこのまま ねぇ いいでしょ?
 燃えてるこの胸 愛しているのよ


 私はすっかりいい気分になって出口までの階段を上っていたのだけど、松村君は笑いながら恐い顔をしていた。私はもう「なんだろうなんだろう。空腹なんだろうか」とドキドキしてしまって、喋り続けながら、閉まった飲食店が並ぶ商店街を抜け、虎洞というカウンターだけのラーメン屋に入った。いつもは並んでいるのだけど、今日はすんなり入れた(虎洞のシナチクは、赤坂『竹亭』の物と一緒な気がする。太くて柔らかだった)。

 「いいなぁ。女の子3人のコーラスグループ、やりたいな」と私が言うと、松村君はちょっと普通の顔に戻って、「あはは。プリンビーに入れて貰えばいいじゃん」と言った。「プリンビーじゃ、私が必然的にセンターにさせられそうだから嫌。だって、あんな感じがいいんだもん」と言うと、「贅沢だなぁ」と口の端っこだけで笑った。また沈黙になった。

 胃下垂と言う言葉はあるけど、胃が上の方にあると言う表現を私は聞いた事がない。私の胃は、ほぼ全部が肋骨の中に収まっていて、すぐにお腹いっぱいになってしまう。しかも、この1年でアンダーバストが4cmも減ったので、食べられる量のは如実に減った。松村君が食べ終わっても、私の丼にはまだ半分くらい残っていたので一生懸命食べていた。

 急に、というか、満を持してというか、もの凄く真面目な顔で正面を向いたまま、松村君が「康乃さんにお願いがあります」と言うので、3cm位飛び上がってしまった。お願いは注意で、そんなに難しい事でもなんでもなかった。恐い顔になっていたのは、言い方を考えていたからだったらしい。私からしてみたら、「よくも言うのを長時間我慢出来るな」と言った感じだった。井の頭線吉祥寺駅で別れたが、彼のぐったり感は抜けておらず、私は「相方は大丈夫なんだろうか」と心配になった。