思い出は遠い所に在る

 松村君が、大変調子の悪い相方の機嫌を取ってくれると言うので(嘘。正確にはそんな事言ってない)、私は思いついたかのように「ライブラリーカフェに行きたい」と、言いました。

 「うん、いいよ。行こう」。すぐにそう言ってから、黙って私の次の言葉を待ってくれていました。姑くの沈黙が続いて、私は十分に自分の気持ちが落ち着いたと思ってから、次の言葉を吐き出しました。「ゆきちゃんに、一番最後に会った場所だから、行きたいんだ」。

 あぁ、今書いてても駄目だ。その時もやっぱり、涙を抑える事が出来ませんでした。

 チョコレート屋さんを2軒梯子して、気分を落ち着けてから、六本木森ビルの上にあるその場所へ行こうとしました。でも、すっかり忘れてましたが、そこは会員制だったのです。呼ばれて行った時も、確かにそう姉貴に言われていたのでした。

 そうやって思い出すと、姉貴との思い出は、結構遠い所にあるものばかりなのです。色々なクラブなどのVIP ROOMや、高級ゴルフコース、分りづらい所にあるレストラン、大きなホテルでのパーティ。ニューヨークでも、偉い人の家(坂本龍一さんのスタジオ)とかね。


 森ビルのインフォメーション前で、持て余しながらモジモジしていたのですが、とにかくどうしようもないので、せめて同じような高さまで上ろうと、森美術館に行く事にしました。
 
 エレヴェーターを降りると、3つのエントランスの案内係が同時に大声でアナウンスしだしたので戸惑いました。「まるで、赤ちゃんを同時に呼ぶ両親と祖父母のみたいだね」と言ったら、松村君に「記憶が無いから解らないなぁ」と言われました。

 結局正面で、案内係と目が合ったと言うこともあり、展望台へ進みました。40階にあるライブラリーカフェから見た風景は、52階のそことはやはり違っていて、澄み渡った空と六本木のパノラマ夜景は、確かに美しかったのですけど、休日のビル郡は明かりも少なく、遠くて、心成しか交通量も少ない感じもするし、妙に寂しい気持ちになりました。

 高所恐怖症の男と具合の悪い女は、暫く遠巻きに窓の外を眺めていました。別に気を遣う必要も無いんですけど、周りに居る沢山の人たちの様に、窓際に寄って見なければ悪いような気になり、少し近付いてみました。でも、何処を見たら良いのか分からなくなってしまい適当に切り上げて、ASIMOを見に行きました。多分、夜景を見ている時間よりもずっと長かったと思います。


 超いい加減な話をしながら、『ルイ・ヴィトン展』を冷やかしていたら、松村君の顔が白くなって来たので、お茶を飲んで休憩する事にしました。何と言うか……、最近、我々はいつも調子がちょっと悪いですね。あんなに健康的なユニットだったのに(苦笑)。


 『アーキラボ』はまだ観ていなかったけど、顔色を元に戻す為、食事を取る事にしました。中国茶房8という中華料理屋さん。中華料理は火の料理で、この店の炒め物は本当に火が食材の表面に当たっている味がして本当に美味しい。テーブル付きの給仕が居て、しかもお安い。六本木の一等地にあるとは思えない素晴らしい所です。

 店員も客も松村君も面白くて(きっと病人だったのに、本当にすみません。悪いと思う気持ちはあります。有難う)、だいぶ元気になって店を出ました。


 帰りの電車の中で、月初から読みたいと思っていた本を鞄の中から取り出して読みました。『ふりむけば父の愛?娘から父へ 有名女性14人が贈る心の手紙』。

ふりむけば父の愛―娘から父へ 有名女性14人が贈る心の手紙

 この本の中で、姉貴は自分の父親、勉おじさんの事を書いているのです。

 姉貴が19歳の時に47歳で亡くなった勉おじさんは、小さかった私の記憶の中では、本当にうっすらでしかありません。でも、文章を読んでいると、建て直しをする前の、ちょっと不思議な構造だった家の中で、何気ないやり取りをしている二人が見えるような気がしました。


 ……書いては消してになって来ました。取り留めが無いや。